はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

迷子のヒナ 131 [迷子のヒナ]

ヒナはベネディクトと仲良くなりたかった。

たとえベネディクトにその気がなかったとしても。

けれど物事をあまり深く考えない性格のヒナは、ついつい無神経な振る舞いをしてしまう。ヒナにとって、それはただ本能に従って行動しているだけだとしても、相手は悪意があると感じることもある、ということだ。

「ねえ、ベンのお父さんはどこにいるの?ジュスのお兄さんなんでしょ?会いたいな」

ヒナは星空を見上げ尋ねた。この三年で初めて見た、きれいな空だった。

「ここにはいない。いたとしてもお前が会えるような人ではない」ベネディクトの声は硬かった。まるで他人の事を口にしているような、そんな印象をヒナに与えた。

凪いでいた風が動き始めた。ヒナは膝を折って椅子の上に足を乗せた。

「一緒に住んでいないの?」

ベネディクトはそれとは分からないくらい小さく舌打ちをした。言っても分からないと思うけどというような事を前置きし、渋々といった態でヒナの問いに答えた。

「そうだ。僕は学校だし、お父様はお忙しい」ベネディクトはレモネードをおかわりした。

「学校?学校に住んでいるの?」

そういえばさっきベンの家庭教師の話はしなかったな、とヒナは思った。

「なんだって?」ベネディクトは眉間に皺を寄せ、ヒナを見て訊き返した。

どうやらヒナの言葉が聞き取れなかったらしい。

「学校に住んでいるの?」ヒナはもう一度言った。

「ああ、そういうこと?そうだけど」

「寂しくないの?」

そんなこと訊くつもりなかったのに、気付けば口にしていた。
ヒナは、家族と離れて暮らすようになってほとんど寂しいと感じた事はなかった。
それはジャスティンがいたからに他ならないのだが……。

「別に。それが当たり前だし」

けど、やっぱり寂しい。
お父さんとお母さんに会いたい。会えるなら。

「そうなの?ヒナは寂しい。ヒナのお父さんは忙しいけど、毎日一緒にお風呂に入ってくれた。時々、おじいちゃんとも入ったけど。だけど、もう入れないんだ」ヒナはぼんやりと遠くを眺めながら、その先の言葉を口にするかどうかを一瞬だけ考えた。空の星が、半分だけの月が、夜風が、ヒナに口を開かせた。「みんな死んじゃったんだ。おじいちゃんもお父さんもお母さんも、みんな。それをニコに言わなきゃいけないんだ」

ベネディクトが同情を示したのかどうかはわからないが、ヒナの空になったグラスにレモネードを注ぎ入れた。それは、話を終わらせその場を去る気はない、という意味かもしれなかった。

「お母様とはどういう知り合い?」ベネディクトが訊いた。

「ニコと?ええっと……友達でしょ?違うの?」

「なんていう名前?」

ヒナは顔を顰めた。誰の名前を言うべきなのか分からなかったから。要は、ベネディクトの質問の意味が分からなかったのだ。

「僕は小日向奏、お父さんは小日向草助、お母さんは小日向杏、おじいちゃんは小日向伝三郎、伯父さんは――」

「ちょっ、もういい!そんなに言われてもよく分からないし。お母さんはアンって言うんだな」ベネディクトは確認した。

「うん。パーシーのいとこなんだって」

「パーシー?だれだそいつは」

「んんっと……」パーシーはなんていう名前だったかな?ああ、そうだ!「パーシヴァル。パーシヴァル……くろふと?」

「くろふと?パーシヴァル・クロフトのことか?ラドフォード伯爵の甥の?」

ラドフォード伯爵の甥?そうだったのかな?

「知らない。でも、ラドフォードはお母さんの名前だってジャムが言ってた」

つづく


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迷子のヒナ 132 [迷子のヒナ]

最後に、グレッグには内緒ね、と言ってニコラは話を打ち切った。結婚にまつわる話を打ち明けるのは、親友を除いては義弟が初めてだったようだ。

二人の馴れ初めは世間のそれとは少しずれたものだったかもしれないが、言葉の端々にニコラのグレゴリーに対する愛情が感じられた。これはジャスティンにとって意外な発見だった。兄がどう思っているかはいまのところは不明だが、二人が予想に反して愛し合っているのではと思わずにはいられなかった。ただ、おそらくグレゴリーはレディ・アンが自分を裏切った事を根に持っているはずだ。あいつはそういう男だ。

ニコラは気だるげにあくびをし、これからのことについては明日また話をしましょうと言って、またあくびをした。

ジャスティンは同意のしるしに頷き、身体を伸ばすようにしてゆっくりと立ち上がった。炉棚の上の金の縁取りの丸い置時計に視線をやると、思っていたよりも時間が経っていることに驚いた。

随分と話し込んでいたようだ。ヒナはもう眠ってしまっただろうか?

ジャスティンがおやすみの挨拶もそこそこに部屋を出ようとした時、寝間着姿のヒナが元気いっぱい飛び込んできた。
まだまだ寝る気はないようだ。

「ヒナどうした?そんな姿で」

これではあの写真の姿と何ら変わりがないではないか。裸足だし、コットンの寝間着は膝までしかヒナを隠していない。足首まである寝間着は動き辛いからと言って、ダンに縫い直させた代物だ。気に入っているのはわかるが、ここへ持って来なくてもよかっただろうに。

「おやすみを言いに」ヒナは言葉少なに言い、ジャスティンの後ろ、ニコラに向かって「おやすみなさい」と快活に告げると、ひそひそ声でなにやら囁いた。

ジャスティンは身体を折り、ヒナに耳を近づけた。

「一緒に寝る?」

なんとも悩ましい誘惑だ。
ヒナは俺の自制心を試そうというのか?

「ダメだと言ったろう?」と囁き声で返し、ニコラに愛想笑いを向けながら、ヒナを追い立てて部屋を出た。

ヒナは半歩後ろをのそのそとついてくる。
ベタベタしてはダメだという約束をここでもきちんと守っているらしい。それなのに誘惑を仕掛けてくるとは、とんだ小悪魔ぶりだ。

階段を上がり、隣り合った二人の部屋が近づくにつれ、ヒナのお喋りは加速していった。話が終わらないからといって、部屋へ連れ込む作戦らしい。

ジャスティンはニヤニヤ笑いが止まらなかった。いかにもヒナが考えつきそうなことだ。

「それでね、ベンとレモネードを飲んで、お母さんの話をした。それからね――」

ヒナの部屋の前をジャスティンが無言で通り過ぎ、自分の部屋のドアを開けたとき、ヒナの作戦は成功したも同然だった。

ヒナは話を止めず、まるでそこがどこだかてんで分からないといった様子で、ジャスティンのあとに続いて部屋へ入った。

大成功だ。

つづく


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迷子のヒナ 133 [迷子のヒナ]

「ヒナの部屋は隣だよ」

ジャスティンの部屋で出迎えたウェインが言った。悪気はないものの、あきらかに意図したセリフ。
ヒナが素知らぬふりをして主人のあとについて入って来たのが、おかしくて堪らなかったのだ。

とんだ邪魔が入ったと思ったのはヒナだけではなかったが、態度に表したのはヒナだけだった。

「まだ話しちゅうなんだからねっ!」ヒナはむきになって言った。

ジャスティンは笑いをかみ殺しながら、ウェインに目配せをする。

ウェインは、ちょっとからかっただけですよと、おどけた表情を主人に見せると、ヒナのために道をあけた。

ヒナはぷりぷりとした態度で、部屋の奥に進み、なかなかいい場所を陣取った。ジャスティンが服を脱ぐ姿が真正面から見える場所だ。

ウェインがジャスティンの背後にまわり、上着を腕から引き抜いたとき、ヒナはお喋りをする目的でこの部屋へ入った事などすっかり忘れていた。

ぽうっとのぼせたように、ジャスティンが肌を露にしていく様を眺める。あの逞しい腕がヒナを楽々と抱え上げるのだと考えただけで、身体がムズムズとしてきた。

上半身裸になったジャスティンはヒナとウェインを残して、ドアの向こうに消えた。

「ジュスどこ行くの?」ヒナは咄嗟に声をあげ、椅子から腰を浮かせた。

「シャワーを浴びるだけだよ」とウェインが答えた。

「そっか」ホッとするヒナ。

「僕はもう下がっていいって言われたから行くけど、ヒナはまだここにいるの?」

「えっ……と、ヒナはまだいる。話しちゅうだったから」と言ってもいったい何の話をしていたのかさっぱり思い出せないけど。「じゃあね、ウェイン。おやすみ」とにかくさっさと追い出すに限る。

ウェインはははっと笑っておやすみを言うと、ぐずぐずせず部屋から出て行った。

ヒナはひと息ついて、ジャスティンの部屋を眺めまわした。ヒナの部屋よりも少しだけ広く、ベッドも大きい。そう、ベッドは大きいのだ!二人で寝ても充分なくらい。

ヒナは椅子からおりると、ドアの向こうの様子を伺いながら、用心深くベッドに近づいて行った。寝間着は着ているし、歯磨きもしたし、あとはもう寝るだけだから、先に入って待ってても別におかしくないよね?

よいしょとベッドにあがり、足元に折りかえされている上掛けを引き上げて、その中に隠れた。ジュスが戻ってきたらびっくりさせるんだと息巻き、しばらくそのまま静かに待っていた。

三分が過ぎ、五分が過ぎ、やがてヒナに眠気が襲ってきた。
まだ寝ちゃダメと自分に言い聞かせたものの、おおいにはしゃいだ初日はここで幕を下ろすこととなった。

ジャスティンが戻ってきた時、ヒナはすっかり寝息を立てていた。

つづく


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迷子のヒナ 134 [迷子のヒナ]

早朝の散歩は頭をすっきりさせるのに大いに役立つ。
ということで、ベネディクトは冷たい水で顔を洗うと、朝食前の軽い運動がてら、屋敷裏手のブナ林に散歩に出かけた。

外の空気は冷たく澄んでいた。おかげでベネディクトの煙に巻かれたような思考も、徐々に明瞭になってきた。

煙に巻いたのはもちろんヒナだ。

あいつは話の途中で突如おやすみと言って去って行った。支離滅裂な単語の数々を残して。あの時何の話をしていただろうか?確か、自分が伯爵の孫だと言わなかったか?そう、言った。そのあとはなんて言っただろうか?

ああそうだ。

ジャスティンが命の恩人だと言ったんだ。

それに対してベネディクトは詳しい説明を求めた。だがヒナからその返事を聞くことは出来なかった。

おかげで一晩中もやもやとしていた。そしていまももやもやとしたままだ。

ベネディクトは踵を返し、屋敷へ引き返した。朝食の席でジャスティンに詳しい話を聞くために。

そしてその頃ジャスティンは――

まだベッドの中にいた。もちろん、ヒナも一緒だ。

やましいところはまったくなし。ただ一緒に眠っただけだ。広いスペースを生かすことなく、これでもかという程密着して。

先に目覚めたのはジャスティン。

随分肌触りのいい毛布だと思ったら、ヒナの巻き毛が頬を撫でていたようだ。ジャスティンは、丸まるヒナの背に密着しもっと傍にと抱き寄せた。そこでハッとした。ヒナはいつのまにか寝間着を脱いでいる。

まったく。悪い子だ。あれほど真似をしてはいけないと言ったのに。おかげで朝から元気いっぱい生きのいい一物が、ヒナの腿の間に割り込んでしまったではないか。

ジャスティンは腰を揺すりたい衝動を抑え込むかのように、ヒナの巻き毛を払いのけると無防備な頬にキスをした。まったく気は逸れなかった。ついでに「おはよう、ヒナ」と言ってみるが返事はない。相変わらず眠りの深いお坊ちゃまだ。

ヒナをこちらへ向かせる。唇にキスを落とし、巻き毛に指を差し入れくしゃくしゃにする。

両ひじ両ひざをつき、ヒナを囲むように覆いかぶさると、つい訪問先の客用寝室にいる事も忘れ、キスを深めた。眠ったままのヒナがむにゃむにゃと呟き、無意識にキスを返すさまはジャスティンの溢れ出しそうな欲望に油を注ぎ点火するようなものだった。

「旦那様、お着替えを手伝いましょうか?」

火のついた欲望は、無遠慮な声によって、無事消火されたようだ。

至極当然といった態で部屋へ入って来て、あるじと恋人がいちゃついていようがお構いなしで自分の仕事を押し通そうとする近侍には頭が下がる。もっとも。いまこの状況で頭を上げ、戸口に佇む近侍に「ああ、着替えるから支度を頼む」などと言えるはずもない。

そう言う代わりにジャスティンは「五分経ったら呼ぶ。外へ出ていろ」というのが精一杯だった。

まあ、そこで引き下がらないのがジャスティンの近侍――ウェインだ。

「三分経ったら入ります。では」と一方的に告げて出て行った。

くそっ!

「ヒナ、起きろ。ダンが部屋で待っている」

これで起きてくれれば儲けものだ。

つづく


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迷子のヒナ 135 [迷子のヒナ]

「ジェームズに怒られるぞ」

いろいろ言ったが、これが一番効果的だった。

ヒナは突然の言葉に仰天して、目を見開き飛び起きた。目の前にジャスティンが見えたからか、一瞬にして安堵の表情に変わり、また目を閉じようとしたが、そこはさすがのジャスティンも生ぬるい対応はしなかった。

「ヒナ、起きて部屋へ戻るんだ。そこのドアから向こうに行けるから」と言って、二つの部屋を繋ぐドアに顎をしゃくってみせた。

「うーん……」とまだ寝ぼけた状態のヒナは、この危なっかしい状況を呑み込めていない。

「余所の家では一緒に寝れないとあれだけ言っただろう?」これはヒナのせいだけではないが。「いますぐ、誰かに見られる前に、部屋に戻るんだ。そうしないと一緒に寝れないどころか、一緒に暮らせなくなる」理不尽な物言いだが、これはあながち間違いではない。それどころか普通に考えれば、そうなって当然なのだ。裸でベッドにいる姿を誰に見られようが見られまいが。

「はい。わかりました」相変わらず返事だけは良いヒナ。まったく動く気配がない。

「ほらっ!早く起きるんだ」

ヒナをベッドから引きずりおろすと、ジャスティンはどこかにあるはずのヒナの寝間着の捜索にかかった。上掛けを引き剥がしたとき、そもそも寝間着を見つける必要があるのかということに思い当たった。ヒナはすぐそこのドアをくぐれば自分の部屋へ戻れるのだ。おそらくそこにはダンが待ち構えていて、裸のヒナをあっという間に堅苦しい衣服の中へ仕舞い込んでしまうだろう。

シーツを手に振り返ると、ヒナが目をしょぼしょぼとさせて突っ立っていた。ジャスティンを見上げ、にんまりと笑う。

「ヒナ、いいから早く戻りなさい」ウェインに見られたからといって、どうということもないが、万一ということもある。この場合の万一というのは、ウェインを閉めだし、ヒナをベッドに引き戻すことを指している。

「はぁい」とヒナは間延びした返事をして、コーヒー色のドアを目指しのろのろと動き出した。「着替えたらヒナのとこに来てね」ヒナは振り返り期待を込めて言った。

「ああ、わかった」

ジャスティンが適当に返事をしたところで、早くも邪魔が入った。
もう三分経ったのか騒々しくドアが開きバタバタと――

バタバタ?

「ジャスティンおじさん、おはよう!」

しまった。ライナスだ。

ジャスティンはこわごわと、それでいて素早く振りかえった。

そこにはジャスティンの懸念した通り、驚きに目を見張るライナスが、両手両足ともどこへどう突き出していいのか分からずへんてこな格好で立っていた。駆け込んできたものの急停止してバランスを失った状態とでも言おうか、目の前には裸の叔父、部屋の隅には裸の新しい友達がいれば、誰でもそんなへんてこな格好になるというものだ。

ライナスがおかしいわけではない。決して。

だがヒナは状況を察することなく、のんきに笑いながらおはようと言ってのけた。ここまでどっしりと構えていられるヒナを羨ましくさえ思ったが、ジャスティンは束の間目を閉じ、なんでもいいからと、とにかくなにかに祈った。

つづく


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迷子のヒナ 136 [迷子のヒナ]

不意を突かれると、人は誰しも思いもよらない振る舞いをしてしまうものだ。

ジャスティンとて例外ではない。ヒナが絡むと特に。

せめて言い訳らしい言い訳のひとつでもすればよかったのに、もごもごと「着替え中だ」と言ってライナスを追い出すのが精一杯だったとは、本当に情けない話だ。

着替えを済ませたジャスティンは、不承不承ヒナを迎えに隣の部屋へ向かった。わざわざ廊下側のドアから声を掛け、「はぁい」とヒナのご機嫌な返事が聞こえてから中へ入った。

ヒナは等身大の鏡の前に立っていた。その後ろでダンがヒナの髪を梳かしている。

「ヒナ、行くぞ」

「もう少し」とヒナは言った。髪を結わえる姿を見るのは初めてではないが、今朝はその姿をじっくりと見たくなった。いい場所を探して椅子に腰かけ、ヒナとダンのやり取りを黙って眺めた。

「緑のリボンがいい」とヒナ。

「うーん、じゃあこの深緑のリボンはどうかな?」ダンは鏡越しに手にしたリボンをヒナに見せた。ヒナは頷いた。

銀糸の縁取りのある緑色のリボン。あれは確か、ジェームズが土産としてヒナに渡した、チョコレートの箱を飾っていたリボンではないか?

なぜそんな事を覚えているかというと、このときヒナはとても喜んで、普段は警戒しているジェームズに対して全身で喜びを表したからだ。女の子のようにきゃあと喜びの声をあげ、抱きつこうとしたのだ。すんでで抱きつかなかったのは、ジェームズが煩わしげにヒナを追い払ったから。

気にくわない。まるでジェームズを身にまとっているかのようだ。どうせならあっちの萌黄色のにすればいいのに。あれはヒナが好きそうな色だと思って、たまたま通りかかったリボンやらレースやらを売る店で買い付けたものだ。恥ずかしい思いまでして買ったのに、あんな箱の隅に追いやられているとは――くそっ!この敗北感は堪らない。

「ダンありがと」

ジャスティンが気を揉んでいる間に、ヒナの支度が整ったようだ。いつもの白いシャツにブラウンの半ズボンといったラフな服装。背にかかる巻き毛は後ろでひとつに結ばれている。ジェームズの緑色のリボンで。

「ヒナ、下へおりてライナスに会っても、余計な事は言わなくていいからな」ジャスティンは部屋を出ながら念を押した。

ヒナは少し考え――おそらく何が余計な事なのか考えているのだろう――「言わない」と約束をした。

なかなかいい子だ。ヒナがいい子なうちに上手い言い訳を考えておかなければ。ニコラの耳に入るのも時間の問題だ。

つづく


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迷子のヒナ 137 [迷子のヒナ]

食堂の入口でライナスと一緒になった。

ヒナはジャスティンの言いつけを守り、えへへと笑っただけで、足取り軽く昨夜と同じ場所に腰をおろした。斜め向かいにはベネディクトが座っている。ヒナはおはようと挨拶をしたが、ベネディクトの返事はそっけないものだった。

別にいいもん。

ジャスティンは階段を下りたところで、書斎に寄ってからいくと告げて、ヒナと反対方向へ行ってしまった。
ヒナはジャスティンが書斎に行ってしまうと、なかなか戻ってこない事を知っていた。仕事の鬼なのだ。せっかく二人きりになれる時間がたっぷりあるのに、仕事なんてやめちゃえばいいのに。

「おい、料理は自分で取ってくるんだ」
ベネディクトが口に入れようとしていた厚切りベーコンの動きを止め言った。

「こっちだよ」とライナスがヒナの背後から声を掛けた。手にした皿にはすでに山盛りの料理が乗っている。朝からすごい食欲だ。

ヒナはにこにこと駆けて行き、皿を手にして、ベーコン一切れとりんごをひとかけら取った。席に戻ると、給仕がホットチョコレートを持ってきた。

「甘いパンはある?」ヒナは給仕に尋ねた。

「甘いパンですか?」若い男性給仕は眉を顰めた。そんなものはありませんとでも言いたげだ。

「甘いパンって何?」ライナスが興味津々の顔つきでヒナの隣に座った。「僕はトーストにジャムとはちみつをかけるよ。お兄ちゃんは何もつけないんだ」

「シモンの甘いパン。おおきい丸とちっちゃい丸が重なってるの。おいしいよ」

ヒナは手振りを交え甘いパンの説明をしたが、ライナスは首を傾げ、丸いパンならあるよとパン籠を見やった。ヒナは諦めてりんごをかじった。シモンのパンはあの籠にはなかったもん。

「ところで、ジャスティンは?」ベネディクトはフォークを置き、紅茶に入れるミルクを手に訊いた。

「おじさんは着替え中なんだって」ライナスが元気よく答えた。「ね、ヒナ」

「ジュスは書斎だよ」ヒナはどぎまぎしながら残りのりんごを口に入れた。

「そうなの?」

ヒナはりんごを咀嚼しながら、こくこくと頷いた。

「ヒナってジャスティンおじさんと仲良しだよね」ライナスはズバリ訊いた。

ぐふっ!

ヒナはりんごを喉に詰まらせそうになった。が、よく噛んでいたため事なきを得た。

「ジャスティンは命の恩人なんだと」ベネディクトが口を挟む。「詳しい話は聞かせてもらってないけど」昨夜話途中で置き去りにされた事を根に持っているようだ。どことなく口調がとげとげしい。

「ええっ!聞きたーい!ヒナ教えて。おじさんはどうやってヒナを助けたの?」
大好きなジャスティンおじさんの武勇伝を聞き逃すものかと、ライナスは椅子ごとヒナの方を向いた。今朝見た、裸あれこれはひとまず脇へ置かれたようだ。

ヒナもまんざらではないようで、冷めたホットチョコレートをずずっと啜ると、えへんと咳払いをして、ジャスティンとの出会いを話し始めた。

つづく


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あとがき
こんばんは、やぴです。
ヒナの言う甘いパンはブリオッシュのことです。 

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迷子のヒナ 138 [迷子のヒナ]

ヒナに後始末を任せようなどと、愚かな事を思ったものだ。

だが朝から進んで子供たちの餌食になるほどの体力は、朝に強くないジャスティンには備わっていない。ヒナと出会う以前は昼夜逆転の暮らしが常だったし、それ以降でも、相手に出来るのはひとりまでと決まっている。

書斎に避難したジャスティンは、執事に紅茶をこっそり頼み、午前中はここでのんびりと過ごそうと考えていた。ここまで仕事は持ち込んではいないが、ヒナに関しての調査報告が随時入る事になっている。それまで待機というわけだ。

かちゃかちゃと食器の擦れる音がし、執事が銀盆を手に部屋へ入って来た。どうやら紅茶の他にスコーンが添えられているようだが、実のところ一般的なスコーンは苦手だ。紅茶なしでは食べられないからだ。一般的とわざわざ断ったのは、我が家のスコーンは大好物だからだ。シモンの作るスコーンはしっとりふわふわ――おそらくは世間一般ではスコーンとは呼ばない代物だ。

ジャスティンがスコーンに気を取られている間に、執事の後ろからニコラが現れ、優雅とは言い難い奇妙な動きで目の前までやって来た。

「おはよう、ジャスティン」ニコラは片方の手を腰にやり、ふうっとひと息ついた。

「おはようございます、あね上」ジャスティンは引き攣った笑みを浮かべ、立ち上がると、ニコラが座るのに手を貸した。

「バックス、わたしにも紅茶とスコーンを。スコーンは割って、トロトロのチーズをたっぷりのせてちょうだい」

相変わらず女王然とした物言い。兄の妻としてはこれ以上の適任者はいないだろう。

「ところで朝食なら食堂で済ませた方が色々と都合がいいでしょうに」

しごく低姿勢で義姉を追い払おうと試みたが、ニコラのひと睨みでその試みは掻き消えた。ジャスティンは諦め、普段は口にしないスコーンをかじった。これを口に含んでいれば喋らなくても済むというように。

「昨夜はヒナと同じ部屋で眠ったのかしら?」

ニコラはさり気なく訊くようなことはしなかった。ジャスティンの背に冷汗が伝いおりる。どう答えるのが正解なのか誰か教えてくれと胸の内でつぶやき、覚悟を決めた。
ぐだぐだしていても埒が明かない。

「そういう言い方をされると、すごく変に聞こえますが……えーと、その、ヒナはホームシックにかかっているんです」
ようやくそれらしい言い訳を思いつけた。パーシヴァルの登場でヒナが情緒不安定に陥っているのは、まあ大雑把にみて、間違いではない。

「だから?裸で?一緒に?」ニコラは細く細く目をすがめ、変なことはしていないでしょうねと、ジャスティンに答えを求めた。

ニコラはジャスティンがどんな仕事をしているのか知らないし、恋人にどういう相手を求めるのかも知らない。つまり、ジャスティンが女性ではなく男性を好むことは知らないという事だ。

それなのにこうも厳しく追及されるという事は……。いったいライナスはニコラになんと言ったんだ?

つづく


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迷子のヒナ 139 [迷子のヒナ]

ヒナはジャスティンとの出会いやこれまでの暮らしぶり、そして二人の絆について語った。
ベネディクトもライナスも、叔父の違った一面に興味かき立てられ、終始話に聞き入っていた。ヒナはこれまで考えたこともなかったが、ライナスが「おじさんはヒナのお父様みたいだね」と言ったことで、自分たちの関係が恋人というよりも親子の関係に近いのではと思い始めていた。もしそうだとしたら、ヒナにとってはショック以外の何ものでもない。

朝食を済ませたヒナは図書室の場所を聞き、ひとりとぼとぼと向かった。図書室は書斎の隣にあり、もしかするとそこでジャスティンに会えるかもしれなかったが、仕事の邪魔はしたくなかった。少し前までは、仕事の邪魔をする事など気にも留めなかったのに、おかしな話だ。

ヒナは自分が変わりつつあるのを感じていた。これまでの何も考えなくてよかった暮らしが、パーシヴァルの登場で一変したからだ。両親の死を受け入れ、自分が何者かをはっきりとさせ、それでもジャスティンと一緒にいる方法を見つけなければならない。勝手気ままなヒナは卒業だ。

ちょっとだけ大人になった気分だった。重い足取りも軽くなった。

図書室へ入ると、寝心地の良さそうなふっかふかのソファを探し、本棚から読みやすそうな本を一冊取り出すと、靴を脱いでソファにあがった。
膝を立て、背もたれにぐっと寄り掛かる。本をお腹の辺りに広げておき、呼んでいるふりをしながら目を閉じた。器用な技にも見えるが、眠っていることはバレバレ。そのうちそのままの態勢で、ごろんと横になるのだから。

すぐに眠りは訪れ、ヒナの午前中は楽しい夢と共に過ぎていった。

一方、ヒナの隣の部屋でニコラに思わぬ攻撃を食らっていたジャスティンは、なんとか難を逃れていた。

パーシヴァルの名前を出した途端、矛先がそちらへ移ったからだ。

「クロフト卿がヒナを返せと言ってきたですって?なぜあの人が?」

「彼はレディ・アンのいとこで次のラドフォード伯爵ですよ」

「まあ!だからって図々しいにも程があるわ。だいたい母親が再婚した相手の姓を名乗っているのに、伯爵はよく爵位を譲ろうと思ったものだわ」その声はあまりに冷ややかだった。それはパーシヴァルに対してなのか、ヒナの非情な祖父に対してなのか。

話の論点が少しずれたものの、このニコラの怒りはジャスティンにとって有利に働くと思われた。それでも、さすがにパーシヴァルが気の毒になり、ジャスティンはささやかだが擁護することにした。

「他に譲る相手がいないからですよ」

「まあ、そうね。でもいまはヒナがいるわ。いいえ、ダメだわ。きっとアンの子供だと気付かれないように存在を消してしまうわ」

「物騒な事を言いますね?」

「あの坊やがどうヒナを利用しようとしているのかは分からないけど、伯爵はヒナを数ある屋敷のどこかに幽閉してしまうに決まっているわ」ニコラはさも恐ろしげに身を震わせた。

ジャスティンは自分も似たり寄ったりの扱いをしていたのではと思わなくもなかったが、いまのところヒナは幸せそのものだから問題はないだろう。

「ではニコラは、ヒナを家族の元に帰す必要はないと?」

「家族?」ニコラの眉が吊り上った。「ヒナの家族はあなたでしょう?あの子は両親を失った。祖父には見捨てられ、日本の親戚にも見捨てられたのよ!返せと言っても返すものですかっ!」

ニコラが啖呵を切ったところへ、執事がやや怯えた様子でニコラの朝食を手に書斎へ入って来た。ジャスティンはホッと息をついた。冷めてしまったが、これでやっと紅茶を飲める。ニコラのあまりの剣幕にティーカップを手に取ることすら出来ずにいたのだ。

だが意外だった。
てっきりニコラはヒナを家族の元へ帰せ、と言うと思っていた。
ヒナは本当に日本の親戚からも見捨てられたのだろうか?
だとしたら、いったいなぜ?

つづく


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迷子のヒナ 140 [迷子のヒナ]

隣の部屋から大きな声が聞こえた。
うとうとしていた――(実際は)ぐうすか眠りこけていた――ヒナはびくりとし、目をしょぼしょぼさせながらその声に耳を澄ませた。お腹に置いていたはずの本は、いつの間にか目の届かない場所に消えてしまっていた。

「簡単よ。それはあの子がすべてを相続するから。すべてというのはコヒナタ家のすべてという事よ」

ニコラの声だ。

「ヒナの父親は四男だろう?」

ジュスだ!
ヒナはゆっくりとソファからおりると、裸足のまま声のする方へ向かった。

「どうやらお気に入りの子だったようよ。アンの事もすごく気に入っていたようだし、ヒナに関して言えば、それこそ目の中に入れても痛くないほどの可愛がりようだったようね」

「それはなんとなく想像出来ていた」

ジャスティンの優しげで温かな声に目の奥がじんわりと熱くなった。

二人が誰の話をしているのか明らかだったし、ニコラが両親の死を知っているのも明らかだった。ジャスティンが告げたのだろうかと、ヒナは嫌な役目を押し付けてしまったようで心苦しくなった。

僕が言うべき事だったのに。言わなきゃいけなかったのに……。

細く開けたドアの隙間から顔をこっそり突き出した。ちょっと覗き見るだけだったのに、ニコラとばっちり目が合ってしまった。

しまったという顏をしたのはニコラの方。けれどヒナがそれに気付く事はなかった。なぜならば、同時にジャスティンが振りかえってヒナを見たから。

「スパイごっこでもしているのか?」ニヤリとするジャスティン。

「ち、ちがうよっ!おやつ探してたんだから」ヒナは顔を赤らめむきになって言った。

嘘じゃないからね。午前中のおやつを食べ損ねた事を思い出して、ちょうどお腹がぐうとなったもん。ヒナは心の中で呟いた。

「だったらここへ来て一緒に食べましょう。ちょうどバックスに新しいお茶を淹れて来てもらおうと思っていたところなの」

ヒナはニコラの勧めに従って、ジャスティンの隣にちょこんと腰かけた。目の前の艶々のオレンジ色のテーブルの上にはスコーンがひとつ転がっていた。見る限りでは石みたいに硬そうだ。

「柔らかくて甘いケーキがいい」とヒナはリクエストした。カチカチのスコーンだけは絶対に嫌だ。

ニコラはクスクスと笑って、そうしましょうと言った。
ジャスティンも同じように笑っている。

何が可笑しいのか分からなかったが、ヒナも一緒になって笑った。ひとしきり笑ったあとで、ヒナはニコラが知っている事実をもう一度繰り返した。

どうしても直接伝えたかった。それは自分の罪悪感を少しでも軽くするためだったのかもしれない。ニコラは悲しげに微笑み、これからの事を話し合いましょうと言ってくれた。

ヒナはわんわん泣いた。ジャスティンの胸に顔を埋めて。

つづく


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